名古屋高等裁判所 平成9年(ネ)299号 判決 1998年3月11日
控訴人 A野太郎
右訴訟代理人弁護士 端元博保
同 伊藤公郎
被控訴人 A野花子
主文
一 原判決を取り消す。
二 控訴人と被控訴人とを離婚する。
三 控訴人と被控訴人との間の長男一郎(昭和五八年一月三日生)及び二男二郎(昭和六〇年七月四日生)の親権者を被控訴人と定める。
四 訴訟費用は、第一、二審を通じこれを四分し、その一を控訴人、その余を被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 主文第一、二項と同旨
2 控訴人と被控訴人との間の長男一郎(昭和五八年一月三日生)及び二男二郎(昭和六〇年七月四日生)の親権者を控訴人と定める。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
控訴棄却の判決
第二事案の概要
次に附加するほか、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。
一 控訴人の主張
1 エホバの証人の教えは「教義」が絶対であり、そこには妥協、話し合い、譲歩の余地はなく、その信仰が夫婦生活、家族生活に与える影響は重大である。被控訴人はエホバの証人の布教に打ち込んでいる。
2 子供二人に対しての影響も測りしれない。子供二人は、学校生活で卒業記念のトーテムポールの彫刻製作や運動会の応援合戦に参加しなかったり、違ったことをしてクラスの中で浮いてしまっている。子供二人は、母親である被控訴人にエホバの証人の教義を押しつけられ、社会人としての成長が期待できない。
3 被控訴人がエホバの証人を信仰するため、義父母、隣人との関係も平穏でなくなっている。
4 被控訴人の集会への出席、毎日のような伝道活動、近隣との交際、子供二人の教育、しつけ等を考えると、被控訴人の行動によって夫婦及び家族の生活に支障が生じていることは明らかである。
5 控訴人と被控訴人との婚姻生活は明らかに破綻しているので、離婚は認められるべきであり、二人の子供をエホバの証人の教えから切り離し、常識人にするため、親権者には控訴人を指定するのが相当である。
二 被控訴人の主張
1 被控訴人は、聖書の原則に反する事柄を強要されたり要求された場合にそれができないだけであり、被控訴人の信仰によって夫婦生活や親子関係が破壊されているということはない。被控訴人は、近所の者とも親しくしている。
2 被控訴人は、週三回集会に参加し、週二回伝道活動をしているが、それ以外は家にいて家事等のできることを一生懸命行なっている。
3 子供二人に対し宗教を強要したことはない。子供二人は自分の良心に従って行動しており、学校のクラスにおいても友達の信頼を得て仲良くしている。
第三証拠《省略》
第四当裁判所の判断
一 《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。
1 被控訴人は、エホバの証人の教えを深く学びたいと考え、昭和五九年六月か七月ころ長男一郎を連れてエホバの証人の集会に出席したところ、エホバの証人の教義に反対している控訴人から「子供は渡さない。お前だけ出ていけ。」と強く叱責されたため、エホバの証人から遠ざかっていた。しかし、長男が小学校に入学したころ、子供に道徳的なことをきちんと教えたいと考え、平成二年ころ再びエホバの証人の勉強を始め、平成三年ころには控訴人の強い反対を押し切ってエホバの証人の集会に行くようになった。控訴人は被控訴人のこのような行動に憤慨し、被控訴人が夜、集会から帰宅しても家に入れないことがあった。
2 控訴人は、子供二人が被控訴人を通じてエホバの証人の影響を受けるのをできるだけ少なくしたいと考え、平成六年三月控訴人の実父母が居住しているA田郡C山村の被控訴人住所地に住居を移転した。そして、控訴人はB山市に単身赴任して週末のみ自宅に帰宅した。しかし、被控訴人の信仰心に変化はなく、平成六年七月洗礼を受けて正式にエホバの証人に入信し、同七年五月からは週三回の集会に参加し、週二回布教活動を行なっている。
3 控訴人は、平成七年九月ころ家に鍵をかけて集会から帰った被控訴人を家に入れないようにしたが、被控訴人が同年一二月夫婦関係調整の調停の申立をしたため、六畳と、八畳の広さの離れで寝起きすることを許し、被控訴人は朝や夕方には母屋に入って掃除や食事、子供の世話等をしている。
4 控訴人は、輸血、葬儀・法事の際の崇拝行為、武道、投票等を認めないエホバの証人の教えは間違っているとしてエホバの証人に強い嫌悪感を持っているが、被控訴人が控訴人のこのような気持ちに全く配慮しないで右のように集会参加、布教等の宗教活動を続けているため、被控訴人とはもはや理解しあうことができず、被控訴人と結婚生活を継続することは不可能と考え、被控訴人との離婚を強く求めている。
5 被控訴人は、控訴人と離婚しないでエホバの証人の宗教活動をこれまで通り実践しようと考えてきたが、平成九年一二月控訴人と話し合った結果、控訴人が被控訴人に対し愛情を全く持っていないことを明確に知り、母屋の離れで不自然な生活を続けることはもはや限界であると思うようになった。そして、二人の子供にこれらの事情を説明したところ、同人らも控訴人と被控訴人とが離婚することはやむをえないと言ってくれたため、被控訴人は控訴人との離婚に応じることを決心した。
以上の事実が認められ、他に右認定を左右する証拠はない。
右事実によれば、控訴人と被控訴人との婚姻生活は回復し難いまでに破綻したものと認められる。そして、この破綻について控訴人にその主な責任があるとはいえないので、控訴人の本件離婚請求は認容されるべきである。
二 次に二人の子の親権者の指定について検討する。
1 前掲証拠によれば、次の事実が認められる。
(一) 現在、長男一郎は中学三年生、二男二郎は小学六年生であるが、両名とも控訴人と被控訴人との離婚を望んでいなかったところ、母親である被控訴人から離婚せざるをえない事情の説明を受け、被控訴人との同居を条件に両親の離婚はやむをえないと考えるようになった。
(二) 二人の子供は、控訴人は自分の考えを一方的に押し付けようとしているとして、控訴人に内心反感を持っているが、被控訴人に対しては自分達の心の支えとなっていると感じている。
(三) 控訴人は単身赴任の生活をしており、離婚後控訴人が二人の子の面倒をみなければならないとすると、控訴人の両親に任せざるをえない。
(四) 離婚後被控訴人は、家賃一か月約三万円の借家に住み、被控訴人がパートで働いて得る収入及び控訴人からの養育費で生活しようと考えている。そしてもし、生活費が不足するときは、被控訴人の母親からの援助が期待できる。
2 控訴人は、二人の子供をエホバの証人の教えから切り離し、常識人にするために親権者は控訴人が相当であると主張する。確かに、エホバの証人は、①輸血は行なわない。②葬儀・法事の際の崇拝行為はしない。国歌や校歌を歌わない。③正月、節分、ひな祭り、節句の行事や儀式に参加しない。④武道はしない。⑤投票は認めない。⑥エホバの神は絶対である。等を教義として信者に教えており(《証拠省略》により認められる。)、右の点だけを見れば、多くの日本人の考え方と異なっているが、輸血については、それを必要とする事態が発生することは極めて稀であり、その時は別途生命を守るための最大限の努力がなされることが期待されるところである。その他の教義についても、それが社会生活において有害であるといえないことは明らかであり、また、エホバの証人を信じるか否かは子供ら自身が決めることであるから、被控訴人がエホバの証人の信者であることを理由に、直ちに親権者に適しないということはできない。そして、右1で認定した事情を考慮すれば、右二人の子を監護養育する上において、控訴人より被控訴人の方が適しているということができるので、二人の子の親権者は被控訴人と定めるのが相当である。
三 よって、これと異なる原判決は取り消し、訴訟費用の負担について民訴法六七条二項、六一条、六四条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 寺本榮一 裁判官 吉岡浩 矢澤敬幸)
<以下省略>